人と比べて落ち込んだり、誰かの幸せや成功を素直に喜べなかったりするとき、胸の奥が少し冷たくなる。
「あぁ、また嫉妬してる」
そう気づいた瞬間、その人ではなく自分のことが嫌になる。
本当はもっと軽やかに笑っていたい。
「すごいね」って、何の引っかかりもなく言えたらいい。
でも実際は、羨ましさと悔しさと、なんだかよく分からない敗北感みたいなものが足元にまとわりついて、うまく前を向けない。
そして、嫉妬していることより嫌なのが、素直になれない自分だったりする。
心の中には、言いたいことがちゃんとある。
「うらやましい」
「本当は私もそうなりたい」
「寂しい」
「助けてほしい」
「好きだ」
そこまでは、わりとはっきりしている。
なのにどんなに親しい間柄でも、口から出る直前になると
こんなこと言ったら重いかな。
変に思われないかな。
格好悪いな。
そんなものが急に割り込んできて、喉のあたりで言葉が止まる。
そして結局、飲み込んでしまう。
飲み込んだ言葉って、どこへ行くと思いますか?
言わなかったのだから消えたはずなのに。
「あのとき本当は言いたかったな」と、何日も経ってから思い出すことがある。
もう相手は忘れているかもしれない。
話すタイミングなんて、とっくに過ぎている。
それなのに私の中には、まだある。
言えなかった「寂しい」も。
笑ってごまかした「うらやましい」も。
平気な顔の後ろに隠した
「本当は私…」
たぶん私は、言葉を飲み込むのが上手い。
上手くなりたいと思ったことなんて一度もないんだけどね。
どうしてこんなに不器用なんだろうと思う。
素直な人を見ると、また羨ましくなる。
ちゃんと言える人。
ちゃんと甘えられる人。
好きなものを好きと言えて、寂しいときには寂しいと言える人。
いいなぁって思う。
ここでもまた嫉妬している。
どうしようもない。
でも最近、飲み込んだ言葉を無理に「なかったこと」にする必要もないんじゃないかと思うようになった。
誰かに言えなかったとしても、
私はあの時本当は言いたかった
それくらい自分にだけは隠さなくてもいい。
だからといって、急に素直な人になれるわけでもない。
たぶん次も私は、言いかけて止まる。
頭の中で何度も考えて、結局何も言えない日もあると思う。
それでも、飲み込む直前に一度だけ、
「あ、いま私、本当は何て言いたかったんだろう」
と気づけたら。
言葉は口から出なくても、少なくとも自分の中で迷子にはならない。
飲み込んだ言葉の行き先くらいは、
私だけは知っていたい。
-misa
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それでいいと思う。それが1番自分にとっては素直かもしれない。
みさちんが好きだ